首里城の復元(再建)にかかる費用と期間を調査!火災の出火原因とは?

社会

2019年10月31日、沖縄県那覇市にある首里城で火事があり、大規模な延焼が続いていることが大きな話題になっています。

世界遺産でもある首里城で、なぜ火災が起きたのでしょうか?

今回は、首里城の復元・再建にかかる費用と期間はどれくらいになるかと、火災の出火原因について調べていきたいと思います。

首里城で火災が発生して正殿・北殿・南殿が全焼

首里城は2000年に世界遺産として登録されています。

その理由は

・中国と日本の築城文化が融合された建造物であること。

・独特の建築方法

・石組みの技術

これらが文化的、歴史的価値があると評価され、世界遺産となりました。

琉球王国という海洋王国でなければ成しえなかった建造物だったということになります。

世界遺産の一つ、首里城(那覇市)の復元作業が2018年秋に完了する見通しになった。太平洋戦争末期の沖縄戦で米軍の砲撃により建物は全て焼失したが、国王が中国の使節・冊封使を出迎えた「守礼門」が1958年に復元されるなど国や県が工事を進めてきた。日本や中国、東南アジアとの中継貿易で栄えた琉球王国の象徴が半世紀を越えてよみがえる。

首里城で発掘された最古の遺構は14世紀のものとされる。1879年に最後の琉球国王・尚泰が明治政府に明け渡すまで政治や外交、文化の中心だった。独特の建築様式や石組み技術は高い価値があり、2000年に世界遺産登録された。

建物は45年に焼失したが、戦後の米統治下で、県が守礼門や「歓会門」などを建設。国も89年から本格的な整備に乗り出し、国王らの儀式が行われた「正殿」、冊封使を接待した「北殿」など主要施設が復元された。

沖縄の世界遺産、首里城は1945年の沖縄戦の際に焼失しており、その後、復元され現在は国営公園「首里城公園」として、一般公開もされていました。

復元が完了したのが2018年の秋だったので、本当に残念に思います。

もともと首里城は何度も焼失全焼、再建が繰り返されてきた歴史がありました。

そのため何度も復元し、その歴史を刻んできており沖縄の歴史の象徴としての意味合いが強いことがわかります。

首里城の写った2000円札も地元民には愛されて現在最も使用されている県にもなっていたそうです。

 

首里城出火の出火原因は?

首里城の出火原因についてですが、今の段階では不明とされています。

 

首里城では現在「首里城祭」のイベントが開催されており、30日の夜は関係者が作業をしていたとされていますが、何時まで人がいたのかなど詳しいことについてはわからない状況となっています。

 

火災が発生したとされるのが深夜の2時40分ごろですので、イベント準備作業に関連した出火だと過程すると確かに不自然に思えて来ます。

 

現在関係者に話を聞くなどして捜査を進めていますので、出火原因については新しいことがわかり次第こちらに追記したいと思います。

首里城を復元・再建する費用と期間は?

そんな首里城が復元されたときにかかった費用について調べてみました。

1945年に焼失した首里城の復元作業が開始されたのが1957でした。

当時の物価で、復元費用はおよそ70億円とされていだそうです。

さらに物価の上昇や史跡の発掘調査費用などで、最終的に108億円以上もの事業費がかかったとされています。

首里城火災に対する世間の反応

ネット上の反応をまとめてみました。

「時間的に放火しか考えられない」

「火の気のないところで火災が発生するのはおかしい」

などと放火の原因を疑う声が出ているようですね。

まとめ

いかがだったでしょうか?

今回は、首里城の復元・再建の費用と期間についてを調査しました。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

【追記10月31日】

首里城の復元に尽力して来た歴史考証を担当した高良倉吉・琉球大学名誉教授(琉球史)が今後の首里城について言及していました。

まだ昨年復元したばかりであった首里城は、数多くの人達の協力と資料が少ない中で長年かけて積み重ねてようやく完成したものになります。

それが一晩で焼失したとあっては当面の間は復元に対して取り組めないとのことでした。

そして東京オリンピックの聖火リレーの会場としても決定していましたが、それはどうなるのでしょうか?

2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会は1日、来年3月26日から47都道府県を巡る五輪聖火リレーのルート概要を発表した。通過する市区町村は日本全体のほぼ半分の857で、121日間で約1万人がリレーする。具体的な経路を定めた詳細ルートは年末までに決める。ランナーの募集概要も発表した。

沖縄を通過するのは18都道府県目で、県内14市町村を巡る。5月2~3日の日程で、那覇市にある世界遺産の首里城公園から出発し、名護市まで本島縦断する。2日目は、豊見城市から座間味村や宮古島市の離島を経て、県内の終着点となる糸満市摩文仁の平和祈念公園までとなっている。

コースの選定は同組織委員会の「地域が国内外に誇る場所や地域の新たな一面を気づかせる場所」という考えに、県実行委員会(会長・富川盛武副知事)の①県の資産(平和、歴史、文化、自然、地理的条件など)を活用し、県の魅力を国内外に発信する②県民の一体感を醸成し、得られた様々な体験やノウハウを県のレガシーとする―考えを追加したという。

1日目は那覇市の首里城公園で出発式を行った後、日本最南端の鐵軌道である「ゆいレール」を経て宜野湾市、沖縄市、うるま市から石垣市へ飛ぶ。本島に戻った後は、1964年の東京五輪の聖火宿泊記念碑が建立されている名護市嘉陽地区から海洋博公園のある本部町を通過し、名護市の名護中央公民館前芝生広場へ到着する。

2日目は「沖縄発祥の空手」の発信拠点となる豊見城市の沖縄空手会館で式典を行った後、浦添市や北谷町を走る。座間味村の古座間味ビーチや宮古島市の離島コースから南城市に戻り、糸満市摩文仁の平和祈念公園を目指す。

聖火ランナーの最終到着地点の名護市と糸満市では聖火を披露するイベント「セレブレーション」が行われるほか、通過する全市町村でも「ミニセレブレーション」を開く予定。

聖火は出発式の後、1区間13人程度の走者が1人あたり200メートル程度をつなぐ。県内では約160人程度の走者を予定している。離島などの区間では「親の火」に代わり、あらかじめランタンで運ばれた「子の火」でリレーする。県実行委によると聖火ランナーの公募は7月1日から8月31日まで。

玉城デニー知事は「離島も含めた県内全域の実施内容となっており、大変うれしく思います」「県民をはじめとする皆様と一体となって聖火リレーを盛り上げていくことができれば」とコメントした。

聖火リレーの来年3月26日、東京電力福島第1原発事故の対応拠点となった福島県楢葉町、広野町のサッカー施設「Jヴィレッジ」から出発し、同7月24日の開会式で新国立競技場の聖火台に点火する

現在のところは聖火リレーの会場の変更の発表はありませんが、今後の状況次第ではどうなるかわかりません。

今後の進展があり次第、追記していきたいと思います。

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