貝原良治の経歴と年収は?カイハラのデニムのすごさとは?【カンブリア宮殿】

芸能

カンブリア宮殿に貝原良治さんが出演されます。

カイハラというデニム生地を世界約20カ国に輸出する会社で会長を務めています。

そんな彼の経歴と年収についてとカイハラのデニムのすごさについて調べてみました。

早速みていきましょう。

貝原良治のプロフィール


1970年入社

19990年社長就任

海原に入社後から世界を舞台に仕事をしていかないと生き残っていけないという思いが強く、伝統産業である「藍染かすり」をいかに活かしていく可能性を模索していったそうです。

その後に香港の香港の縫製メーカーへ、73年にはアメリカのジーンズブランドなど様々なブランドに赴き活路を乱していくこととなります。

すると、デニム生地をアメリカやメキシコ、フィリピンから輸入していたリーバイスが、「生地が足りないから取引したい」と言ってきたのです。

最初は「(不足している以上)日本製でも仕方ない」というニュアンスが多分に含まれていましたが、実際にジーンズが出来上がると「すごくいい製品ができた」「カイハラの生地がいい」と言っていただけるように。

名も無い企業が1973年にリーバイスという有名なメーカーからの信頼を得たことで、取引先は国内外で一気に拡大することとなったのです。

経歴について

こういった下積みを積んできた成果ではアメリカの大手ジーンズを販売するリーバイスからの提携へと発展していきます。

もともと取引していたフィリピンとの輸入量が足りなくなり、初めのうちは日本製であることに後ろめたさがあったそうですが、実際に仕上がったジーンズを確認すると、最高の評価を得られたそうです。

初めは下手に見られたとしても、こうやって大手メーカーに信頼を得ることで取引先は一気に拡大していったそうです。

広島県に本社があり、一見何もないところですごいイメージはありませんが、リーバイスやエドウィン、LEEなどの外資企業を皮切りに国内ではユニクロなどのファストファッションにも生地が提供されているそうです。

それだけカイハラが開発するデニムには購入者だけでなく販売側をも魅了させる高クオリティーの生地づくりが浸透していったものと思われます。

年収について

調べてみましたが詳細の年収については見つけることができませんでした。

会社には750名の社員を抱えている会長色になるので、おそらく数千万円ほどの金額になるのではないかと思われます。

カイハラのデニムのすごさとは?

引用文章

デニム生地の魅力は、穿(は)けば穿くほど色落ちして味わいが増すところにあります。

しかし、その味わいを出すには、デニム用の糸を芯まで染まらない程度に染色する必要があります。

しかし、当時の日本にはその技術はなく、1870年からワークウェアとして広く親しまれていた本場アメリカの品質に追いつくには、染色技術の開発が不可欠でした。

そこで、創業時から藍染めの製造で培ってきた知識と技術を総動員させ、ロープ染色機という独自の機械を自社開発。経営的にもギリギリの状態でしたが、7カ月の試行錯誤を経て、日本の伝統産業である藍染め技術を生かした染色技術のデニムが日本で初めて誕生しました。

色落ちしながら味わいを増す高品質な国産デニムは、大手生地メーカーや紡績会社からのオーダーが殺到。

そして、先に述べた1973年のリーバイスとの取引開始を皮切りに、一気に国内外からの注目を浴びることとなりました。

その後、78年にデニムを織る高性能の革新織機で製造を開始。80年に最終仕上げを行う整理加工、91年には紡績の設備を造り上げ、デニムづくりの全工程を一貫生産できる体制を国内で初めて確立しました。

引用 グローバルミッションタイム

ここまで至るのには大変な努力があったそうです。

なんでも試作品を1年間に約1000種類もつくっては、世界各国の取引先に提案していってるそうです。

これだけの種類があることでも驚きですが、これは常に進化を求める企業努力の表れかとも思います。

また取引先ジーンズメーカーの売れ筋を分析するなど地道な努力がいい信頼関係にも繋がっていってるそうです。

この会社の強みとして紡績、染色、織布、整理加工の全工程を社内でやっていることも色々な風合いを出したりすることが可能になっているようです。

まとめ

まとめ

いかがだったでしょうか?

今回はカンブリア宮殿に出演される貝原良治さんの経歴と年収についてと、カイハラのデニムのすごさについてをまとめてみました。

これからも応援していきたいと思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。