姫野和樹の筋肉は父親の遺伝?病気との関係は?

スポーツ

こんにちは!
世界最高峰リーグ『スーパーラグビー2019』で日本チーム「サンウルブズ」で活躍した
姫野和樹さんの筋肉がすごすぎることから、父親の遺伝なのか気になったので調べてみました。

また過去に怪我や病気などないのかワールカップに影響はないのかまとめましたので、早速みていきましょう!

<プロフィール>

名前   姫野和樹(ひめのかずき)
生年月日 1994年7月27日
出身地  愛知県名古屋市
血液型  B型
身長   187cm
体重   112kg
チーム  トヨタ自動車ヴェルブリッツ
出身校  中部大学春日丘高等学校→帝京大学
ポジション フランカー、ロック、No8
好きな歌手 ケツメイシ

まず目を引くのがその鍛え抜かれた筋肉。
特に上腕三頭筋に思わず見惚れてしまいます。
温泉や海外旅行に行くことがリラックス法だそうです。

姫野和樹さんの家族については

名古屋出身の姫野さんが、フィリピンと日本人とのハーフでは?という噂がどこからか流れたこともあったようですが、ご両親は純粋な日本人で、お姉さんと妹さんがいます。

姫野さんの名前を検索すると「フィリピン」のキーワードが出てきます。

このキーワードだけですとフィリピンとのハーフなのかな、とも考えられがちですが、実は
2015年のラグビーアジア5か国対抗戦初戦の相手がフィリピンだったということでした。

残念ながらこのフィリピン戦は負けてしまったようですが、そこから得たものはきっと大きかったことでしょう。

姫野和樹さんの経歴は?

小学校時代、野球やサッカーをしていた姫野さんでしたが、名古屋市立御田中学校ではラグビー部に所属。
高校はラグビーの強豪校、地元「中部大学春日丘高等学校」に進学しました!
姫野さんが高校1年生と2年生の時に花園に出場しています!!

既に群を抜く体の大きさで、当時の監督曰く「他の生徒が怪我をするし本人も手加減をしてしまうから、タックルの練習には参加させなかった」と語っています。

3年生の時には高校ジャパンを飛び越えて、ジュニアジャパンやU20日本代表として選出され、パシフィックラグビーカップに出場しました。

当時からその才覚を存分に発揮されていたことがわかります。

2013年に、帝京大学へ進学。

昔は「早慶戦」と言われたように、早稲田や慶応大学などが強かったようですが、現在の大学ラグビーNo1はなんと9年連続帝京大学なんだとか!!

もちろん、姫野さんが在学していた4年間も毎年日本一でした。

1年目でキャプテン!?

2017年3月に帝京大学を卒業した姫野さんは、トヨタ自動車ヴェルブリッツに加入します。

そこでなんと、プロ1年目にしてチームのキャプテンに任命されたんです。

姫野さんが加入した当時、チームは総合成績8位という成績でした。

そこで、日本選手権優勝3回を誇る名門チームを再建しようと、世界的名将のジェイク・ホワイト氏が新しく監督として迎えられました。

そのホワイト氏が、姫野さんの可能性を見抜き、キャプテンに抜擢したそうです!!

その期待に応えるように、開幕戦からすべての試合に出場。
持ち味のパワーで敵のDFを突破するハードなラン、どんなパスにも対応できる器用さ、一発目のタックルでは倒れない強靭な体幹を活かし、チームをベスト4まで押し上げました。

ご自身も新人賞とベスト15を受賞しています!!

10月には日本代表選手としてに初召集されます!

代表デビューとなった11月4日開催の『リポビタンAチャレンジカップ2017』対オーストラリア戦では、初キャップを獲得!

初トライも決めました。

日本代表選手としても活躍の幅を広げています。

姫野さんの強みは「フランカー」「ロック」「No8」の複数のポジションをこなせるFWであることです。

主にトヨタではFL、サンウルブズではLoのようですが、いつか背番号「8」をつけてコートを走る姿も見てみたいですね。

ワールドカップに向けて

順風満帆に歩んできたように思われる姫野さんですが、帝京大1年生の7月、合宿初日に左足の第5中足骨を骨折、1年半ほどレギュラーとして活躍できない時期がありました。
当時の帝京大学のラグビー部の監督も、姫野さんの将来を見据えて今は無理に試合に出すときではない、と判断したそうです。

『このまま一生できなんじゃないか』と悩んだけれど、できることをしよう!と体作りを続け、体重を10kg近く増やしました!

ところが、逆にその重さから走れないと判断され、交代要員に!

元来負けず嫌いの姫野さんは「絶対先発をとってやる!!!」と悔しさを原動力に乗り越えたそうです。

昨年のラグビートップリーグ第4節、2日後に日本代表合宿を控えた9月22日の神戸製鋼戦で、姫野さんは前半途中で右膝を痛め、後半途中で交代しました・・・

多くの方が心配されたようですが、怪我は順調に回復!

11月24日のラグビーテストマッチ、ロシア戦では勝利に貢献しています

しかし「前半は相手に主導権を与え、自分たちのラグビーが出来なかった」とワールドカップに向けて、自身のこれからのメンタルや体作りの課題を挙げていました。

2月15日から開催された「スーパーラグビー2019」。

ワールドカップイヤーの今年は、日程が例年と異なり、

日本チーム『ウルブルズ』はオーストラリアカンファレンスに組み込まれ、16日シンガポールでのシャークス戦(南アフリカ)から始まり、計16試合を行いました。

オーストラリアカンファレンス内での順位は惜しくも5位という結果で終わりましたが、
ワールドカップ日本大会には大きな意味があると言う姫野さん。

『代表としてしっかりプレーして、結果を出すことによって、一人でも多くの方にラグビーの素晴らしさを感じてほしい』と語っていました。

病気について

順風満帆だった高校生時代とは対象的に、帝京大学時代は1年生の夏に左足の第5中足骨を骨折してしまいます。
そのことが影響し、出場した試合のほとんどがベンチスタートか途中交代であり、終始レギュラーとして活躍していたわけではありませんでした。

というのも、帝京大学のラグビー部の監督は、姫野さんが将来を担う選手であることがわかっていたため、
痛み止めやテーピングをしてでも無理やり試合に出させるというようなことはしなかったのです。
下手をすると怪我が悪化して体がダメになってしまう可能性もありますからね…。
非常に賢明で選手思いの素晴らしい監督ですね。

 

まとめ

いかがだったでしょうか?
今回は姫野和樹さんとフィリピンとの関係や選手そのものの魅力を調べてみました。
才能とフィジカルに溢れた姫野さんをこれからも応援していきたいと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。